無差別殺傷事件について、弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所東京支部が解説します。
~事件~
昨年の大晦日、東京都渋谷区(原宿の竹下通り)の路上において、男が運転する車に、通行人が次々とはねられて数名が重軽傷を負う殺人未遂事件が発生しました。
容疑者は、犯行後、車を乗り捨てて現場から逃走しましたが、その後身柄を確保され、殺人未遂罪で逮捕されました。
逮捕された容疑者は「明治神宮で高圧洗浄機を使い、灯油をまこうとしたが、自分にかかってしまった」という趣旨の供述をしており、犯行に使用した車内からは、高圧洗浄機と灯油の入ったポリタンクが発見されています。
(平成31年1月4日付新聞各社の朝刊に警察された記事を参考にしています。)
年末で混雑する繁華街において、このような非常に痛ましい事件が発生しました。
本日は、この事件を刑事事件に強い弁護士が解説します。
◇無差別殺傷事件~殺人未遂事件~◇
車で通行人をはねた場合、その行為に人をはねる故意がなければ、人身交通事故として扱われ、適用されるのは「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」です。
この法律は、危険運転致死傷罪や、過失運転致死傷罪によって、人身交通事故を取り締まるもので、当然のこと、過失による行為を取り締まっています。
今回の事件で逮捕された容疑者は、故意的に車で通行人の列に突っ込んでいます。
無差別殺傷事件を起こすつもりで犯行に及んでいるので殺人未遂罪が成立することは間違いないでしょう。
殺人未遂罪とは、殺意をもって人を殺そうとしたが、被害者が死亡しなかった場合に成立する罪で、その法定刑は、殺人罪と同じ「死刑又は無期若しくは5年以上の有期懲役」です。
「殺意」とは、殺人の故意のことですが、これは確定的な故意に限らず、未必的故意、条件付故意、あるいは包括的故意であってもよいとされています。
「誰を殺す」という限定された殺意がなくても、今回の事件のように「誰でもいいから殺す」といった無差別の者に対する殺意(未遂)でも殺人罪は成立します。
殺人罪は、被害者の数だけ殺人(未遂)罪が成立しますが、今回の事件の場合は、一つの行為が複数の犯罪に抵触する、いわゆる観念的競合となり、起訴されて有罪が確定した場合は、殺人罪の法定刑内で刑事罰が言い渡されることとなります。
報道されている内容が確かであれば、今回の事件で逮捕された容疑者は、計画的に犯行に及んでいる上に、その犯行態様が非常に悪質であることから、殺人未遂罪の中でも非常に厳しい判決が予想されるでしょう。
◇殺人予備罪◇
殺人未遂罪で逮捕された容疑者が、今回の犯行前に「明治神宮で高圧洗浄機を使い、灯油をまこうとしたが、自分にかかってしまった」という趣旨の供述をしていることが新たに報道されています。
人を殺す目的で、灯油をまいた場合も殺人未遂罪が成立するのでしょうか。
未遂罪が成立するには、犯行に着手することが必要とされており、殺人の着手時期については、行為者が殺意をもって他人の生命に対する現実的危険性のある行為を開始する必要があるといわれています。
例えば、けん銃を使用した殺人事件の場合ですと、相手に狙いを定めるまでいかなくても、殺意をもってけん銃を取り出した時点で殺人の着手が認められる場合もありますし、刃物による殺人事件の場合ですと、被害者に刃先を向けた時点で着手が認められるのがほとんどでしょうが、刃物の種類や現場の状況によっては、刀剣のさやを抜き払った時点で着手が認められる場合もあります。
今回の事件を考えると、例え灯油が通行人にかかっていたとしても、それだけで、通行人の生命をおびやかす状況に陥るとは考えづらいので殺人の着手は認められないでしょう。
ただ殺人の予備行為までは十分に認められるので。殺人予備罪が成立する可能性は非常に高いでしょう。
殺人予備罪の法定刑は「2年以下の懲役」ですが、情状によって、その刑が免除されます。