愛犬による過失傷害事件について、弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所東京支部が解説します。
~事件~
2年前に会社を定年退職したAさんは、東京都文京区の自宅で中型の犬を飼っています。
Aさんは、愛犬の散歩が日課で、毎日、午前中と夕方に近所にある公園に行っています。
普段は非常におとなしいので公園では放し飼いにしていますが、2、3日前から発情期にあって気が立っている様子だったので、Aさんは愛犬の首輪をリード線でつないで、その先を手に持って散歩していました。
このように注意していましたが、愛犬は、公園で遊んでいた幼児に噛みついて、全治3週間の大けがを負わせてしまったのです。
Aさんは、幼児の母親が通報した警視庁本富士警察署の警察官に任意同行されて、警察署で取調べを受けました。
(フィクションです。)
◇過失傷害罪~刑法第209条~◇
過失によって人を傷付ければ過失傷害罪の適用を受けます。
過失傷害罪の行為は「過失によって人を傷害」することです。
これは、法律上の注意義務に違反してなされた行為であることを要し、作為・不作為を問いません。
また傷害の結果や、暴行について認識のないことを要し、これらの認識がある場合は傷害罪が成立します。
「過失」とは、行為の当時の客観的状況下において、結果の発生を予見し、これを回避するために何らかの作為又は不作為に出るべき注意義務があるのに、これを怠ることをいいます。
今回の事件でAさんは、愛犬が発情期で興奮しやすい状態にあることを十分に認識し、それに対して注意はしていたようですが、このような結果が発生してしまった以上、その注意義務を果たしていたとはいえないでしょう。
飼い犬に対する注意義務について、過去の判例では、「~犬を戸外に連れ出す者は、万一に犬が興奮した際にも、充分これを制御できるよう、自己の体力、技術の程度と犬の種類、その性癖等を考慮して、通行の場所、時間、犬を牽引する方法、その頭数等について注意を払う義務がある~」としています。
ちなみに、過失傷害罪は親告罪です。
今回の事件ですと幼児の保護者に謝罪し示談することによって、告訴を回避したり、告訴を取り下げてもらうことができれば、Aさんに刑事罰が科せられることはありません。
◇東京都動物の愛護及び管理に関する条例◇
東京都動物の愛護及び管理に関する条例(「東京都動物愛護法」とする)の第9条では、犬の飼い主が遵守すべき事項を定めると共に、第35条において、その遵守事項を守らなかった飼い主に対して「拘留又は科料」の刑事罰を科せる旨が明記されています。
この条例によりますと、犬を飼う際は、基本的に柵や檻の中で飼養するか、若しくは人に危害を加えるおそれのない場所において、固定したものと犬を鎖や綱等でつないで飼養することを義務付けています(係留義務)が、「犬を制御できる者が、犬を綱、鎖等で確実に保持して、移動させ、運動させる場合」には、飼育者は、この係留義務を負わない旨(第1号ただし書き)が規定されています。
これは、飼い犬による咬傷を防止しようとしている本条例の目的からすると、犬の年齢や種類、大きさ、性格等や、散歩させる場所や、環境等を総合的に判断して、社会通念上妥当と判断される方法で犬を保持しつつ移動または運動させることをいうと解されます。
今回の事件を考えると、Aさんは、発情期にある愛犬の特性に配慮し、犬が他人に噛みつかないよう、リード線を短く設定したり、他人がいない公園を散歩させる等の十分に注意する必要があったのに、それを怠って犬を散歩していたと判断されてしまいます。
ですから、愛犬が幼児に噛みついて今回の事件が発生しなかったとしても、そのような状況下でAさんが愛犬を散歩させた行為に対して、東京都動物愛護法違反が適用される可能性があるのです。