歩行者が加害者となった交通事故について、弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所東京支部が解説します。
◇事件◇
Aさんは、武蔵野市の自宅近くにある居酒屋でお酒を飲んで、相当酔払ってしまい、徒歩で帰宅している途中の交差点の横断歩道を、信号無視で横断してしまいました。
そして、青信号で交差点に進入してきたバイクに衝突される事故にあったのです。
この事故でAさんは首の骨を折る重傷を負いましたが、バイクを運転していた男性は、転倒して地面に叩きつけられた衝撃で後頭部を強打し、死亡してしまいました。
Aさんは、事故から約2カ月もの間、病院に入院していましたが、退院後に警視庁武蔵野警察署に呼び出されて取調べを受けました。
そしてその後、「重過失致死罪」によって書類送検されたのです。
(実話を基にしたフィクションです。)
◇交通事故◇
一般的に交通事故と言えば、車やバイクといった乗り物同士の事故や、そういった乗り物と歩行者の事故ですが、乗り物と歩行者の交通事故の場合は、一般的に交通弱者と呼ばれる歩行者が被害者となり、オートバイ(50CC原付バイクを含む)や車などのが加害者となって、過失運転致死傷罪が適用される場合がほとんどですが、最近は自転車による交通事故についても刑事事件化される事故が目立つようになり、その場合、自転車の運転手に対しては、過失傷害罪や、重過失致死罪が適用されています。
しかし今回の事件のように、歩行者が被疑者として扱われる事故は極めて異例ではないでしょうか。
◇重過失致死傷罪◇
重過失致死傷罪とは、刑法第211条に、業務上過失致死傷罪と共に規定されている法律です。
この条文によると、重過失致死傷罪は「重大な過失によって人を死傷させる」ことで、その法定刑は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金です。
~「過失」とは~
この法律でいう「過失」とは、行為当時の客観的状況下において、結果の発生を予見し、これを回避するために何らかの作為若しくは不作為に出るべき注意義務があるのに、これを怠ることを意味します。
ちなみに注意義務の有無は、通常人を標準として決すべきだというのが司法の判断です。
~「重過失」とは~
重過失の「重」は、結果の発生にかかるものではなく、注意義務違反にかかる言葉です。
つまり、相手に重傷を負わせたり、相手を死亡させたりといった重大な結果が生じた事件であっても、注意義務違反が軽微であった場合ですと、重過失致死傷罪ではなく、過失傷害罪(刑法第209条)や、過失致死罪(刑法第210条)が適用されます。
~因果関係~
因果関係とは、原因と結果の関係のことですので、重過失致死傷罪でいう因果関係は、行為者の重大な注意義務違反の行為が原因となって、相手に致死傷を負わせるといった結果が生じなければ、重過失致死傷罪は成立しないことになります。
行為者は、この因果関係まで具体的に予見する必要はなく、少なくとも行為者に、結果発生の予見の可能性が認められれば、過失犯としての刑事責任が問われることになります。
◇重過失傷害罪は非親告罪◇
過失傷害罪は、親告罪ですので、被害者等の告訴権者による告訴がなければ、検察官は起訴して、被疑者に刑事罰を追及することはできません。
しかし、過失致死罪や重過失致死傷罪は、非親告罪です。
つまり被害者等の告訴権者による告訴がなくても、警察等の捜査機関が捜査をした結果によっては、検察官は、被疑者を起訴して刑事責任を追及することができます。